理空会とは
理空会とは昭和35年(1960年)、現役学生への支援体制を主眼として発足した東京理科大学空手道部OB/OG会を称し、「会員相互の親睦」、「会員間・現役学生・他外部への広報」、「空手道の技術向上」を目的とし、活動を行っております。
理空会発足により現役学生に対する指導・支援体制が充実し、その後の空手道部の発展に繋がる基礎となりました。その成果として昭和43年(1968年)の東日本大学選手権ベスト8をはじめとして数々の成績を収め、全日本大学選手権の常連出場校に育ちました。
昭和41年(1966年)には、野田キャンパスが完成し、野田地区において空手道部が創部いたしました。現在も続く、神楽坂地区・野田地区を一体とした空手道部の体制は、このときから始まっております。野田地区の空手道部創部は、理空会の尽力によるものであり、当時の若手OB/OGが野田キャンパスに足を運び、上級生がいない1年生だけの野田部員への指導を行いました。
昭和40年代中頃は、最大で70名程度の部員数を誇る大所帯でありましたが、その後部員数は減少傾向となっていきました。そのような状況にありながらも、空手道部は安定した成績を収め、平成元年(1989年)には、全日本大学選手権5年連続出場を達成いたしました。
平成時代に入ってからは、平成8年(1996年)の全日本大学選手権ベスト16などの成績を収めましたが、平成10年(1998年)の関東学生空手道連盟の2部制導入の際、決定戦において2部降格となりました。その後数年間は低迷が続きましたが、平成14年(2002年)の関東大学選手権において2部優勝を果たし、1部に昇格することができました。
1部昇格以降は、かつての全日本常連校の時代が蘇ったように、5年間で4回の全日本大学選手権出場を果たしました。この時代の部員数は、4学年合計して10数名程度と少数ではありましたが、稽古内容の充実や、理空会による現役部員のバックアップなどが良い結果に結びつきました。
2022年現在は、コロナ禍にあるものの、全日本学連空手道選手権大会の出場や強豪校相手に僅差で闘うなど、数々の戦績を残している状況です。引き続き学生支援を行い、空手道部を盛り上げていければと考えていますので、OB/OGの皆様のご支援、ご協力をお願いいたします。